モノゴトは強い「信念」と「熱意」をもってやり遂げましょう!
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読書オタクが語る日本図書シリーズ 第133回
~『本田宗一郎と井深大』(板谷敏弘他著)を読んで学んだこと~
高い志だけでなく、それをやり遂げるための「熱意」も大事。
本田宗一郎と井深大、この2人は戦後20世紀の日本を代表する起業家であり、偉大な技術者でもありました。そして、彼らが興したホンダとソニーは、日本を代表する大企業として君臨しています。
もちろん、この2人を支えたスーパー・ナンバー2である藤沢武夫さん(ホンダ)と盛田昭夫さん(ソニー)があっての本田さん、井深さんであり、当時のホンダとソニーの経営は、実質的に藤沢さんと盛田さんがしていたと言われています。
それはともかく、本田さんも井深さんもよきパートナーに恵まれたことで技術者としての本来の力を発揮することができ、ホンダとソニーを日本を、そして、世界を代表する会社へと育てることができました。
彼ら2人の経営者として、技術者としての偉さがわかるエピソードを下記に引用します。
画像引用元:https://pixabay.com/ja/photos/モトクロス-乗る-風景-3242291/
【この本のポイント!】
(前略)いわゆる特振法は、翌六三年春、国会に上程された。しかし、ついにその日までにホンダの四輪発売は間に合わなかった。二輪製造技術があるからといって、すぐに四輪が量産できるわけではない。春に発売予定だったが、T360は八月、S500は十月にずれ込んだ。だが結論から言うと、ホンダは助かった。特振法は廃案になったからだ。四輪進出の障害はこれで消えた。(中略)
商業的には失敗だった。だがもしこの時宗一郎が自動車製造を決断しなかったら、後のホンダはなかった。この後、排気ガス規制などメーカーを取り巻く状況が厳しくなっていくなかで、曲がりなりにもこの時期に「独自」で自動車を製造したという経験が、技術が大きな財産になるのである。ホンダは四輪進出で損したじゃないか、という一部の批評に対して、宗一郎はこう語っている「われわれが、自分の力でこれだけのものをつくたということ、(略)日本のどのメーカーもやらんことをできる技術と自信を身につけたということ、これらが明日を約束するんだ」「世間で言うように本田は馬鹿じゃないぞ」
『本田宗一郎と井深大』P72~P74
(前略)一度ならず、二度までも通産省によって後れをとるはめになったわけだ。駆け出しの東通工にとって、通産省はまさしく鬼門だった。
「日本初、世界初のものを創ってこそ、人より一歩先に進むことができるのだ」というのが、ものづくりにおける井深大のモットーだが、単なる発明、発見が自分たちの仕事とは思っていない。「もの」とはあくまで製品であって、多くの人たちに利用されるものでなければならない。(中略)
しかし、これは事実関係のある一面しか表していない。トランジスタ技術を独占せず、むしろ積極的に他社にトランジスタの活用を促し、その認知を広めようとしたのは、井深自身だった。
井深の狙いは見事に当たった。各社がトランジスタ製品を開発、競合することで日本の電子工業全体が成長を遂げ、さらには、海外への輸出を飛躍的に伸ばすことで、日本が半導体大国、電子大国として、世界に認知されるようになったのである。
先駆者たらんとする井深の、まさしく面目躍如といったところであろう。
『本田宗一郎と井深大』P116~P119
画像引用元:https://pixabay.com/ja/photos/情熱の写真-ホビー-ソニー機器-3359955/
本田さんと井深さんが立派だったところは、一技術者として、自分や自分たちの技術力を世に問う、人まねでない、自分たちの独自技術にこだわるという、見方によっては単なる偏屈な頑固オヤジ的とも思われる考え方をたゆまぬ努力で高い志として昇華し、周りの人間と共有し、その信念を貫き通し、不屈の精神でもってそれ実現するだけでなく、これら一連のできごとを通して社会に貢献していることです。つまり、単なる私利私欲やマガママだけで事業をしているわけではありません。
そして、二人とも官僚と闘っています。
大きな仕事をするとなると、どうしても国の規制というしがらみにぶつかります。
ロケットササキでも紹介したシャープの副社長だった佐々木正さんは対応した官僚に恵まれていたように感じますが、その佐々木さんに若い頃世話になったソフトバンクの孫さんは、たびたび官僚とバトルしています。ただ、これが普通ですし、官僚の人たちからすれば立派に仕事をしています。
たとえば、税関の職員が、輸入業者と仲良くなって、まぁいいか、とデタラメな仕事をしていては、日本は最終的には薬物と危険物だらけの国になってしまうでしょう。
それはそうとして、日本という国は、国という組織としては昔からかなり保守的で、基本的に前例がないものは「安全」という大義名分のもとに簡単には認められません。
ただ、新しいコト・モノは当然、「前例」など無く、本田さんや井深さんのように常に新しいことにこだわる人たちにとっては、日本という国と上手くつき合うことは相当骨の折れる仕事であったでしょう。
けど、何事においても最終的に大事なのは、やはり、やり遂げる「熱意」だと思います。
高い志をもって、つまり、「信念」をもってモノゴトにあたるのは大事ですが、それだけではダメです。結局のところ、やり遂げるためには「熱意」が必要になります。なぜなら、信念があれば自分一人で貫徹することはできますが、熱意でもって周りの人間も巻き込めるような人でなければ、大きな仕事はできません。
今も昔も、日本にも中国にもやる気がある人は大勢います。ただ、今の中国にあって日本に不足しているモノは、その「熱意」ではないでしょうか?
中国は改革開放から40年で目覚ましい発展を遂げました。
日本もかつて同じような経験をしたことが二度あります。
中国が今後もその熱意を保ち続けることができるか?
正直言って、これまでの発展スピードや多くの人が豊かになったこと(もちろんそのこと自体は素晴らしいことですが)、また、一人っ子政策の影響で今後急速に、今の日本以上のスピードで高齢化社会を迎えることなど、課題は山積みです。
日本社会は再び活性化の時代を迎えることができるのか?
中国をはじめとするアジアの国々が元気なこともあり、またいろんな意味で昔の「貯金」が残っていることもあり、今の日本は正直言って悪くないと思います。ただ、ゼロイチができる人、それを志している人はどれだけいるのか?もちろんいますし、日本でもどんどん新しいサービス、新しいモノが出てきていますが、今の中国や21世紀に入ってからまたイノベーション大国として息を吹き返したアメリカと比べると心もとなく感じます。
もちろん、他国と比べても仕方がありません。
個人的には、中国も日本も若い起業家が出てきていることに頼もしさを感じます。会社や役所などの組織にとらわれない若い人材が多く輩出されつつあるのは大きな希望だと思います。
そんなに人たちには、本田さん、井深さん、藤澤さん、盛田さんたち、昔の起業家たちの本もぜひ読んでもらいたいです。
個人には、2020年代の10年間は非常に大きな変化が訪れると思っています。その多くが困難を伴うことだと思いますが、一方で、新たな時代が始まる予感もひしひしと感じています。
こういう時代にこそ、自分で考え、自分の責任で決め、強い信念を持ってモノゴトをやり遂げる力を養うと共に、彼らのような先人たちに学ぶことも必要ではないでしょうか?
一介の読書オタクより
参考図書:『本田宗一郎と井深大 ホンダとソニー、夢と創造の原点』
発行年月:2006年3月
著者:板谷敏弘(いたや・としひろ)
著者:益田茂(ますだ・しげる)
発行所:朝日新聞社
※本記事の写真はすべてイメージです。本記事は参考図書の一部を引用したうえで、個人的な感想を述べているに過ぎません。参考図書の実際の内容は、読者ご自身によりご確認ください。
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